神様の愛の中に憩う
今日は 神様が私のあらゆる側面における アイデンティティを回復してくださいました 長く祈っていたことに対して ついに解放の時が来たようです 神様が私に対してお持ちのご計画が 本格的に動き出したことを感じました 実は 今月末~来月あたりから新しい生活が始まります 今月は その準備のための期間となるのですが その中には 新しいチャレンジがあったり 心配と完全に決別する必要性があったり 祈りでしかどうにもならないような 事柄が山積したりしています 今日はその初日となったわけですけど いきなり全てに対処出来るわけもなく 自分に把握出来る範囲のことだけに アクションを起こしました 自分が動くだけではなく 周囲の人が 動いてくれたこともいくつかあったので たった1日でしたが 相当に濃い内容の 気付きと解放を体験することが出来ました ですが ただ奇跡が起きれば良いというものではありません 第一コリント人への手紙13章1-3節 たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、 愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。 また、たとい私が預言の賜物を持っており、 またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、 また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、 愛がないなら、何の値うちもありません。 また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、 また私のからだを焼かれるために渡しても、 愛がなければ、何の役にも立ちません。 正直なところを言うと 神様は忠実で恵みに富んだ方である故に 神様の約束を掴んで実行すれば それは確かに結果を生み出します ですが 本当に大切なことは そこに愛があるかどうかであり 神様は 愛そのものです 神様に背を向けて愛を実践することは出来ません 心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、 あなたの神である主を愛せよ。 多くの奇跡が起きているからこそ この原点に立ちたいと強く感じました