今のイエスさまと自分の関係 – DIARY WITH GOD

2020.03.08

またも2週間ぶりの更新になりました

たくさんのことがあったのですが

どれも 書くに書けないことばかりです

ただ 間違えなく言えるのは

どれも想定を遥かに超えることだ

ということでしたが

そのレベルに自分自身を

合わせていかなければならない

ということも強く感じました

そんな中で QTを通して

(2000年前のイエスさまではなく)

今 イエスさまというのがどういう

立ち位置にいらっしゃるかについて

突如 語られるということがありました

イエスさまが2000年前に

私(たち)の身代わりとなり

十字架にかかってくださった

ということは周知の通りですが

今 イエスさまは神様の右の座で

私(たち)のためにとりなしの祈りを

捧げてくださっているということも

聖書には書かれています

とりなしの祈り というのが

どういうものであるかを端的に言うなら

私(たち)が何か問題を抱えていたり

至らないことがあったとしても

間に入って好転するように

取り計らう祈り だと思うのですが

簡単に言えば 今現在イエスさまは

神様の右の座で 私が神様の良さを

受け取れるように祈り続けて

くださっている ということです

それに対して思い巡らした時に

今 私がイエスさまに捧げるべき

感謝というのは

私のために死んでくださりありがとう

ではなく

こんなに至らない私のために

とりなしをし続けていてくださり

ありがとう

の方だよね!と思ったのです

死んでくださりありがとう というのは

2000年前のイエスさまに対する感謝で

それはそれで勿論大切なのですが

それ以上に 今現在とりなしの祈りを

捧げ続けてくださっていることが

本当に感謝だなぁ と思ったのです

ですがその直後に神様からは

その事実を理解することよりも

神様がどれ程に私のことを

愛しているのかを理解することが

先である必要があった と示されました

もし愛されていることをわからずに

とりなしをされていることを知っていたら

私は愛を受け取らずにイエスさまを真似て

他の人のとりなしをしてしまっていたよ

と示され 全くその通りだなと思いました

それでは意味がないのです

まずは自分がどれ程に神様から

愛されているのかを知ることなのです

自分が愛されていることを知り

安全な中で至らない自分をしっかり受け止めつつ

本当の意味で成長することを知らなければ

仮面の数や 出来ることの数だけを

ただ増やし続け 拗れさせて

自分自身を成長させることが

出来なくなってしまうと思うのです

クリスチャンになって7年半近くになりますが

イエスさまが私のことを

どの様に愛してくださっているのかを

具体的に理解することが出来たことで

神様との関係においても新しいステージに

入ったのかもしれないな と思いました

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