新たな祈り – DIARY WITH GOD

2019.10.06

今日はカホンの祭典 ハコフェスの当日です

朝に姉妹と一緒に礼拝動画を見て

最近の証などをシェアしあった後に

会場近くまで送り届けると 私とりゅうくんは

夕方の開演時間までフリーでした

私が姉妹を送る間にりゅうくんが

かなり家事を片付けてくれていたので

残りを一緒に片付けてから QTをすると

神様は ご自分の栄光のためだけではなく

神様が愛するものに特別に憐れみを

注がれる ということを強く示されました

それによって自分の中に 神様は

ご自身の素晴らしさを知らしめるために

奇跡を起こされると思っているところが

あることに気が付きました

しかし神様は ご自身を誇示したいから

奇跡を現されるわけではなく

ただ愛と憐れみを注いでくださるのです

その思い違いがあったから 私は

クリスチャンになってから 人に証を

することが出来ないような憐れみを

注がれることが多かったのか と思い

神様は本当に愛なる方であり

どんなにか私のことを愛して

くださっているのかと感謝をしました

夕方になり いよいよハコフェス本番です

カホンというのは 中に仕掛けがある

四角い木箱の上に座って叩く木の楽器ですが

オープニングでは 13人ものカホン奏者が

一糸乱れることなくカホンを演奏し

練習が大変そうだったのはこれの為かと

納得の 大変迫力のあるものでした

13人もの人が 同じリズムを全くぶれずに

演奏するという 一致の素晴らしさに

まず物凄く感動をしました

その後のプログラムも ゲストの歌手含めて

人を飽きさせない構成でしたし

何より 歌手も含めて奏者全員が本気で

楽しんでいる素晴らしいライブでした

ですが 歌手の歌う歌詞というのは

大変「この世」の若者らしい内容で

軽薄な社会に対する怒りや

何とか自分らしく生きようともがく姿

そして 寂しさを愛以外のもので

埋めることへの絶望のようなものを

とても感じる内容のものが殆んどでした

元々あまりテレビも見ず 自分が気に入った

ミュージシャンの音楽しか聞かない方で

クリスチャンになってからはヒルソングや

賛美歌以外全く聞かなくなりましたが

神様を知らずにもがき苦しみながら

生きているものの声 というのを

今までと全く違う立ち位置で聞いた時に

2つの意味で 涙が溢れました

ひとつは 私は若い頃に本当に

絶望で殺されてしまい この様に

自分の苦しみや怒りを声に出すことすら

諦めてしまっていた ということに対する涙

そしてもうひとつは この人たちには

神様がいない ということに対する涙でした

確かに好きなことを目一杯楽しんで

生き生きとしているのに 命がない

その事を もの凄く強く感じ

本物の救いを見ることが出来るよう

心から祈りました

またイベントの中盤では カホンを

作るメーカーさんのこだわりと

障害を持つ子どもがリハビリは嫌がるが

音楽が好きで カホンを叩くことは

喜んでやってくれるという姿を見て

カホンの可能を広げたいと 施設に

カホンを持って行っているというお話があり

ライブの最後には 実際に施設に

持っていっているという 膝に乗る

小さなカホンが配られみんなで叩きました

その後 大きなカホンもみんなで叩き

とても楽しい時間であったと共に

実は私は 音楽を取るか絵を取るかの

選択をした過去があったのですが

音楽の賜物はなかったから

絵を選んで正解だったな と思いました

フェスが終わってからは 家で

食事をしてから日帰り温泉に行き

小雨が降る中でしたが一部屋根もある

露天風呂でゆっくりと疲れを癒しました

全てに感謝をして 地域のためにも

カホンのためにも祈りました

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