権威ある領域へ向かう – DIARY WITH GOD
2021.12.12
一ヶ月ほどちょっとしたバタバタがあり(まだ片付いたわけではないのですが)かなり落ち着いてきたので久しぶりの日記です
最近神様から「新しいこと」を示されていますがそこに向かう大きな邪魔 霊的な混乱から解放されつつあることを感じます
大きなことが起きる前はいつも霊的な大騒ぎがありますがそれがやっと落ち着いてきた感じです
神様から これをやるようにと言われたことをやっていると霊的に大きな変化が起きます
今までは それを「神様に応じれば起きるもの」だとか「何をなさっているのかはわからないけど 神様は私の知らないところで何かをされている」という
よくわからないけど神様ありがとう!という感覚で捉えていたのですが
神様が 今それに対して目を開くようにと示されていると感じました
そのようにしてQTに臨んだ時
エリシャの元に敵の大群が訪れた時に弟子の目を開くと 敵の数を上回る天の大群が敵を取り囲んでいるのを見ましたが
正にそのようなビジョンを見ました
私やりゅうくんが神様に言われたことを忠実に行っている時私やりゅうくんが敵に向かい出て行けと宣言をすると
その場にいられなくなった敵はどの方向に逃げようにも神の大軍に取り囲まれているのです
また りゅうくんと一緒に祈るとみつかいたちが働いてくれるのだと思います
神様は私には敵が何を言っても凛とした態度でここから出て行くように命じその領域を取り返して神様に捧げるようにと言われました
また りゅうくんが神様に忠実である時私が神様とりゅうくんに守られていることを喜び感謝することは武器となると教えてくださいました
少し前に 私に与えられている領域とりゅうくんに与えられている領域の違いを神様がはっきり示されたのですが
それは肉の目に見たらまるで「逆」で
それぞれに与えられたものはりゅうくんにも私にも不向きで相手にこそ向いているんじゃないかと思うようなものでした
しかし 権威はそのように与えられており相手が上手くできるからこそ相手から学ぶことが出来る
私とりゅうくんはそういう相互関係にあるのだということがわかります
同時に 過去の日記から私自身がどんなに人から求められようともそれはもう やってはならないと示された理由がよくわかりました
代わりに 人に教え育てることを示されたわけですが その一番の相手がりゅうくんであるわけです
人の目 肉の目には 私がそれをやるべきだと思われてしまうことであっても私がそれをやることは神様のご計画にはない
だけど神様が私に備えられた賜物でありそれはりゅうくんをはじめとした「人に教えるため」なのです
ですが 神様からこのことを様々な角度から示されるうちに気が付いたのですが
神様が与えてくださった賜物で尚且つ権威が与えられていないならその領域を敵が壊そうとするのは当然ですが悪い心を持った人は それを悪い心で利用したがる
ということがよくわかりました
振り返ってみると その領域で嫌な思いをした裏には必ず悪意があったことを感じますし
悪意を見て見ぬ振りは出来ない性格なので人の悪い心と対峙してしまうことになるのです
そういう状況が起こることを神様は良しとされていないし
人の悪意と対峙させて人間関係を壊そうとする敵が背後にいるのだと感じました
賜物を用いるのは悪意の背後にいる敵ではなく神様でなければいけません
ですが今は 賜物を用いること以上に与えられた「権威」を用いることを示されているように感じます
権威が与えられた領域を歩む中で自然と賜物は用いられていくことになるのではないかと思いますが
今は 自分の権威を用いる道を神様と一緒に歩みます