守られることに慣れる – DIARY WITH GOD

2019.02.25

今日は 朝起きた時に解放された!という

大きな喜びで溢れたのですが

しかし 私の知らないことによって

物事が大きく進んでいたために

解放を感じた割には 動かずに

様子を見る1日となりました

イレギュラーなことが多く

マニュアルを見てもよくわからないことが

たくさんあったので 下手をしないように

大人しくしていたわけですが

1日が終わる頃には もし動いていたら

よくわからないままに翻弄されてしまい

失うものが大きかったかも と感じたので

やっぱり守られているなぁと感謝しました

しかし よく考えると朝にイエスさまから

自分で抱え込まずに委ねるようにと

示されていたので よくわからないからと

緊張して 目を凝らしている必要もなく

もっと安穏としていればよかったのに

変に肩に力が入っていたなぁとも思いました

また 自分でこの様にしようと決めていたことを

人の意見や自分の不安からその通りに出来ずに

失敗する という癖があることを神様から示され

強めて貰えるように祈りましたが

クリスチャンになってから 失敗したと

思ったことの全てにこのパターンがあるので

本当に 神様により強めて貰う必要を感じます

今日神様から示されたのは 私の中に

高慢になりたくないという理由から

神様の御恵みにまで心を閉ざしてしまっている

ということでした

神様から余りにも大きな恵みを頂くと

自分が高慢になってしまうのではないか

という思いが神様の恵みを邪魔しており

強めて貰うこと自体もそれによって

阻害してしまっているということでした

要するに 強めて貰いたいと思いつつも

強めて頂いたことで高慢になるかもしれない

という恐れがあるということなのですが

それは敵の嘘だから同意しないようにと

励まされました

この恐れを手放せるように祈りますが

既に神様はこの祈りに解決をくださりつつ

あるようにも感じています

というのも とてもではないですが

私の力では及ばないような神様の御手に

守られていることを感じているからです

恐々とする中で神様に賛美を捧げるのではなく

深い神様のシャロームの中で神様を

賛美することが出来るように祈ります♥️

記事一覧へ戻る