神が赦されているもの – DIARY WITH GOD

2019.08.16

今日はりゅうくんの出勤時間がとても遅かったので

昼間に前橋にある画材屋さんに行きましたが

一番買いたいと思っていたワトソン紙という

少し黄色味のある紙が置いておらず

仕方なく 白い水彩紙を少しと

水溶性色鉛筆を少しだけ買い足してきました

行ってみると 裏の駐車場に見覚えがあり

免許取り立ての頃によく来ていたことを

思い出しましたが 25年以上前なので

流石に中の様子などは全く覚えがなく

当時と変わっているかどうかもわからず

新しい場所に来たように感じました

しかしふと 高崎駅の中にあった

今はもう潰れてしまった画材屋さんには

紙の種類が豊富で 狭い店舗の中で天井まで

たくさんの紙が置かれていたなぁと思い出し

少し残念に思いました

今回探していたのはB6サイズでしたが

ポストカードサイズとB5やA4はあるのに

B6サイズはなくなってしまっていました

(メーカーがもう作っていないようです)

本屋に立ち寄ると 絵手紙や塗り絵の本や

紙と画材のセットがたくさん売っており

その殆どはポストカードサイズなので

今はこういうニーズで買う人の方が

多いのだろうな と思いました

高校を卒業してからパソコンを買ったのは

絵を描くためでしたが 私の場合は

パソコンで描く線があまり好きではなく

結局アナログに戻ってしまいました

しかしパソコンで仕事をしはじめてからは

画材屋に行く機会も減り 以前住んでいた

ひばりヶ丘でも駅前の画材屋さんが

住んでいるうちに潰れてしまいました

完全になくなることはないでしょうが

大変な業界だな と思いました

今日は QTを通して神様から

罪を犯した人に対する完全な赦しについて

示されたような気がしました

私は結構 弱いものの味方をしてしまいがちで

弱いものいじめを見るとどうしても

裁く思いが出てしまうのですが

イエスさまを信じ 悔い改めたものは

日々の大小様々な 自覚するしないに

関係なく 全ての罪をイエスさまが

背負ってくださる というところに立ち

自分自身が罪を犯さない自由を

しっかりと掴んで離さないことが

何より大切なことだと改めて思いました

そう自分の心に言い聞かせた直後に

りゅうくんが 以前よく利用していた

神様から離れるように示されたものに

また引っ張られていることに気付きました

それは 絵を描く上で自分の中で最も

大きなネックとなっていることでもあり

神様に堅く立つ という中でこの事と

どう向かっていけば良いのか若干

神様に叫びたい気持ちになりましたが

完璧でなくても進むしかないんだよな

という思いが与えられたので

経験しながら成長するという方向で

神様に期待をすることにしました

根に何があるのかわかりませんが

光を当てて頂けるよう祈ります

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