愛を伝える手段 – DIARY WITH GOD
2017.02.03
私自身は既に新しい季節に入ったことを感じていることを書いていましたが
2月になってから りゅうくんに新しい季節の訪れがあったようで
それに伴い(私自身というよりは)私が置かれた環境にも変化が訪れているようです
先日 家の外で編み物がしたくてりゅうくんとファミレスに行ったのですが
私が編み物をしている間にりゅうくんがいくつかの物語を神様から受け取って書き記していました
りゅうくんは神様から「絵本を作りなさい」と示されていたのでそれがやっと形になり始めたようです
書き記しておきながら 表に出さずに置いておいては意味がないのでこのサイトの違う場所に掲載していこうと思っています
また しるしを信じる幸いで書いていた帽子を量産している理由なのですが
実は 帽子を編み始めた時に「愛を必要としている人に届けたい」
という思いが与えられ 具体的に受け取ってもらう先を探していたところ
丁度 近く路上生活をする人におにぎりを持って行こうと思っている という人が現れたので一緒に配って頂くことになったのです
本当は 次の冬までに編み貯めて支援活動をする人にお渡しする準備をしようと思っていたところだったのですが
来年の冬と言わず今すぐに
と言わんばかりに神様が道を開いてくださったのです
路上生活をする人の支援というのは私にとって 神様との関係を語る上で欠かせない事柄です
私が「聖書の神様」を意識したきっかけが幼稚園の同級生でクリスチャンの女性が路上生活者の支援活動をする中で事件に巻き込まれ 殺害されたことでした
彼女がクリスチャンであったことはずっと知っていましたが聖書の神様については全く聞いたことがありませんでした
その事件の話を聞いた時に
聖書の神様って一体何なんだろう
と 生まれて初めて聖書の神様に対して意識を向けたのです
その後 まるで引っ張られるかのように洗礼を受けることになり
そしてりゅうくんの実家に行くときにその殺害現場の近くを通りました
神様の御心を知るにつれて彼女が何をしていたのかも理解出来ましたし
遺志を継ぐまではいかなくても私も神様の御心を伝える活動の一端を担いたいという思いは常にありました
なので 今回思わぬ形で神様の愛を伝えるお手伝いが出来ることを本当に嬉しく思っています
私は人に贈る帽子を作るとき私とりゅうくんの子どもを送り出すような気持ちで送り出そうと思っています
愛情を込めて 行った先で使ってもらえると良いね と思いながら作っています
ですが ふと
今作っているこの帽子は過酷なところに行くんだなぁ
なかなか洗ってもらえないだろうしもしかしたら捨てられちゃうかもしれない
と思いました
すると 編んでいた帽子からこんな思いが流れてきたのです
大丈夫だよぼくはそのために生まれたんだそれでも温めるために
覚悟はできているよ作ってくれてありがとう!
…涙が出ました
ちなみにこれは白い帽子の声で茶色い帽子はもっと気高い感じで
余計な気遣いは不要 私はただ温めるために生まれてきたんだ という感じでした^^;
作っていた帽子にまで励まされる思いでとても愛しく感じました
ただ暖を取るための道具であれば手編みである必要はありません
もっと安く同じぐらいの機能のものを買ってお渡しすることは出来ます
なので 手編みの帽子を送りたいというのは自己満足かなぁ とも思ったのです
ですが この事を思い巡らしているとき神様から
「非効率な愛」
という示しがありました
被ってくれる人のことを思いわざわざ時間を割く それは既製品を手渡すのとは違うのだということ
思いを込めて作ったものからはきちんと愛が伝わるということも様々な角度から示して頂きました(神様に用いられる幸せでも書きましたが他にも教会の姉妹から示されました)
そもそもで
編み物を始めた理由は神様の愛を知るためでした(神様だけについていく参照)
であるとしたら
この帽子を通して神様の愛はきっと伝わる
少なくともこの帽子たちはそのつもりで張り切っている
本当に 可愛い子たちだなと思います
なんというか
本当に今 すごく幸せだなぁと思っています