神様の良さに信頼する – DIARY WITH GOD

2019.07.01

今日は朝から物凄く凹むことがありました

あらかじめ決めておいた通りにやれば

上手くいったことを 自分の忍耐のなさで

ダメにしてしまったのですが

それが初めてのことではなく 以前にも

やったことだったことから これは単純に

反省して改善するという次元の話ではなく

根本的なところに何か 私がきちんと

理解していない事柄があると感じました

直感を疑わない方がいい ということは

かなり以前(それこそ20年前ぐらい)に

既に気付いていたことなので

それにも関わらず決めた通りに出来ない理由と

きちんと向き合わなければならないと感じました

結論から言えばそれは恐れの故に なのですが

その恐れがどこから来るのかと言えば

敵が投げ込んでくるものであるわけです

しかし 例えば妊娠出産の件については

神様がたくさんのしるしを見せてくださるので

敵が嘘を投げ込む隙はなく それに対して

もし不安になるような思いが来たらすぐに

出て行け と命令することが出来ます

要するに 敵が何か余計なものを投げ込んで来ても

(場合によってはそれが人から投げ込まれたとしても)

それに同意することはないのです

しかしそれは今だから言えることであって

数年前までは そもそもで子どもを産むことに

全く前向きになれなかったし 喜びや期待はなく

ネガティブなイメージしかありませんでした

ですがそもそもで そのネガティブなイメージこそが

敵が私の人生を壊させるために作らされたもので

過去の私の本音はどこにあったのかを辿れば

答えは私の内にきちんとあったわけで

順を追って過去を辿って行けば それがどの様に

壊されていったかも理解が出来るのです

ざっくり妊娠出産についてのポイントだけを言うなら

(最初の)結婚では子どもを産む希望を壊されましたが

中学生ぐらいの時は 夫はいなくてもいいから

子どもだけは絶対に欲しいと思っていました

どうして夫はいなくていいと思ったかと言えば

小学生の時に男性に対して希望を壊されたためで

幼稚園の頃には お嫁さんになることは

自分にとって当然のことだと思っていました

神様は私に結婚して出産するという思いを

あらかじめ与えてくださっていたのに

家の呪いによりそれが壊されていたのですが

神様はそれを取り戻してくださった時に

呪いにより自分の感情だと思い込んでいた

妊娠出産に対するネガティブなイメージが

神様により全て消し去られました

大切なことは それは神様によるのであり

私の努力や人に言われたことによらないのです

というよりここまで来る過程で

神様の手柄を盗み自分のものにしたい人が

寄ってきては嫌な思いをさせられました

クリスチャンになる前にそういうことが

たくさんあったのは当然ですが

クリスチャンになってからもそれは起こりました

ですがクリスチャンになってから決定的に違うのは

嫌な思いはすれども盗まれることは決してなく

神様は 完全に守ってくださったということです

その経験を経て 今度は完全に守ることが出来る

神様に信頼して自分で勝ち取っていく時が

来ている と感じているわけです

妊娠出産に対する恐れを手放したのと同じように

今繰り返してしまっている事柄の背後にある

恐れを手放さなければならないのですが

神様は それに対して「今のあなたになら

それは出来るでしょう?」という言い方をされます

実際 神様がどれ程に私を守ってくださったかを

思い出し 神様の良さに信頼するなら出来るのです

自分の力に依らず 神様により

恐れを手放せることを感謝します♥️

記事一覧へ戻る